考える練習

 

 

今日は第一回目の投稿ということでここでは自分が読んだ本についての記事また日常で思ったことを中心にかいていこうと思っています。

この自粛中に読んだ本をまたはこれから読んでいく本について書いていこうと思っているので、よろしくです。

今日から紹介していく本は考える練習という本です。この本を手に取ったきっかけとしては自分が日頃から何か考えて解決を導く一人でも考え抜ける方法が欲しいと思っていてそのときにそもそも考えるってなんだろうという疑問にいきつきその答えになりそうな本がこの本でした。

ということで前置きはこのへんにして早速いきましょう。まず人が考えることで何がえられるのかを見ていきます。

一つ目が世界が変わって見えるということです。

少しおおげさの表現ですがこれはいままで見えていなかったものが見えてくるということです。みえていないものそれは認識です。つまり今までは認識していなかったものが認識できるようになるとうことです。

二つ目が先が読めるということです。

人間は何かを経験するとそれを一般化して次に生かすことができる唯一の動物である。一般化とは他にも当てはまりそうな事柄に変換することです。考えることができれば多くの経験を活かし先が読めるようになるということです。

三つ目が自由になるということです

人類の歴史は自由獲得の歴史ともいえます。人は乗り物を開発して距離という制約から自由になり、お金を使うようになり交換の自由が行われ、火や冷凍技術により食物の時間の制約から自由になったといえる。考えることも同じでどれだけ物理的制約があっても頭の中は自由に考えられるということです。そんなの当たり前だと思うかもしれませんが人は意外とそうでもないということがこれから分かっていきます。

とこのように考えることのメリットを少し挙げてみました。ここから本題にははいっていきます。

皆さんは無知の知ってご存じですか?

無知の知とは哲学の父であるソクラテスが考えたものでひとがまず考えるためには自分自身が知らないことを知ることが大事であるということです。なぜか、、それはこの認識がないとそもそも考えることすら始めないからです。知っていると思い込むとそれ以上得られるものはなく思考回路が停止した状態になってしまいます。なのでまず考えるときは自分はこのことについて何もしらないのだと認識することからはじめて見ましょう。認識とは気づくということです。無知の知を自覚すれば安易に人の意見を否定せず、いったんは相手の意見を尊重することができると思います。これは頭がやわらかいとよく言われるひとの特徴ともいえますね。

自分の頭で考えるとはどういうことか??

よく見聞きしますよね自分の頭で考えなさいってこれってどういうことかきになりますよね。じぶんの頭で考えるとは言われたことをすべて鵜呑みにするのではなく自らが検証して他人と違う意見を出すことである。考えるとは疑うことからはいるのが基本であるとうことです。なぜそういう意味になるのか逆を考えると分かりやすいですつまり自分の頭で考えない人とは人の意見を鵜呑みにして疑うことなく従う人のことです。よくハイハイと返事しいわれたことだけ、指示されたことだけ行い全く融通の利かない人いませんか?いわゆるこういうひとたちのことですね。なぜそういう動作、行為をしたのか能動的になることが大事であるということです。

 

かなり少ない内容ではありましたが一回目はここでしめたいとおもいます。考えることのメリット、考えるとは何のか?その概念について話してきました。

次回は考えるとは三つの領域を意識すること、そもそも正解不正解は存在しない、考える人と考えない人はまるで考えトビウオと深海魚であるこのみっつについて話していきたい思います。

では次もよろしく     うんじゃまた!!! 今日も元気に頑張っていきしょう