考える練習その五
考える練習その五
今日は前回の続きで考えるとは何なのかについてもう少し話していこうと思います
今日は考えるとはリスクを冒すことである、数字で判断しないことである、並ばないことである、ちゃぶ台返しをすることである、自由であることである
この五つの項目でいきたいと思います
では早速いきましょう。
考えるとはリスクをおかすことである
人は良く物事を判断するときにリスクについて考えることがよくあるそしてこのリスクはたいていマイナスのイメージを持つことが多いがリスクの解釈の仕方としてリスクはあくまでも変動幅が大きいいととらえてみるといいかもしれない。変動幅が大きいということは自由度が高いともとらえることができる。
なぜならリスクゼロというのは正解が確定していて制約や条件が必ず後ろ盾にある
この状況は決して自由度が高いとは言えないからである。
考えるとは数字で判断しないことである
ビジネスの世界では知識教や数字教のようなひとが必ず存在する、ビジネスは数字命とか知識をつけて一人前とか、もちろんなんでも直観でものをいう人に比べたら数字を使い理論的に説明することは非常に大切なことである。
むしろ重要なスキルといえる。
しかしイノベーションの分野つまり創造性を必要とする仕事においてはこの数字で判断するということは考える上ではおおきな障害になることがある。
なぜかというと数字は物事の判断基準指標が一通りしかないからである。
わかりやすく言うと数字という実数を探すのではなく、いろんなパターンを考えられる変数を探していくことが考えるということである。
考えるとは並ばないことである
皆さんは人気のお店で行列に並んだ経験はあるだろうか?
一度くらいあるのでは(笑)
列があったら自分はみんなと同じようにならぶのかそれとも列にならぶことを疑いもっと効率のいい戦略を考えるのかこれは考える人と考えない人との違いである。
別の例でいえばバイキングに行ったとき、たくさんの料理をまのあたりにしてとりあえず欲望のままに皿をもって並びにいったりすることはあるのではないしょうか(笑)
このとき確かにみんな並んでるかもしれないがいったんみわたせば何がおいてあるのか自分の好きなものがどこにあるのか、もしかしたら新しい食べ物がででくるかもしれない、少し立ち止まるだけでも見えるものは多くある。この見えるという現象は見えない人の立場からでは絶対に認識することができないマジックミラー状態である。
これは別にバイキングに限った話ではないんですよね、仕事においても日常においてもなんでもです。
よく切羽詰まってるとみえなかったものが一度立ち止まってみると見えたりする感覚と同じですね。
考えるとはちゃぶ台返しをすることである
ちゃぶ台に上がった問題について考えているとするとき
みんなはその問題についてか考え始めるが
考える人はそもそもこの問題はとそこに疑問をもち問題考えるうえでの上位目的について考え始める、根本原因を探し始める。
これが問題にあるちゃぶ台をひっくり返すということである。
与えられた問題について考えるときはそもそもこの問題はと一度振り返ることでそのもんだいの本当の目的が見えてきたりする。
考えるとは自由であるということである
自由であるこれはあくまでもじぶんのだけのことであることに注意してほしい
外的環境による制約、条件は様々あるが一人で考えるということに関しては全員が自由におこなえることである、逆に変えられないもの(他人、過去)といったものに対象が向いたときそれは思考を放棄しているのと同じである。
なぜか、、自分が他人の行動をかえることは決してできないからである、あくまでも本人が動こうと意思をもって動こうとするときだけ変われるのである。
過去に関しては過去の意味付け解釈の仕方はかえることはできるがそもそも起こった事実や出来事をかえることはできない、いちいちそこに目が向いている人は思考が止まっている人である。
そんな暇があったら次どうするか、どうやったらうまいいくか、今のその先を考えるほうがよっぽど重要である。
いかがだったでしょうか?五本立てで今日は行いました。
考えるとはなんなのかについて少しでも新しい視点を持っていただけたなら幸いです。
次回は思考するときの頭の状態、基本動作などを話していけたらと思います
では、また今日も元気に生きていきましょう!!!